はじめに

私の父は「悪性胸膜中皮腫」という病気で亡くなりました。2014年のことです。この病気は、アスベストを吸い込むことにより、肺を包んでいる膜に腫瘍ができるというものです。アスベストを吸入してから発症までに10年~40年を要するため「静かな時限爆弾」と呼ばれています。この病気には、今のところ確実な治療法がなく、発症後の余命は平均2年とされています。

父は1960年頃から電気設備工事の仕事を始め、1975年あたりのアスベスト使用量がピークの頃に作業現場にてアスベストを吸い込んでいたと思われます。

発症したのは2012年ですので約40年が経っています。アスベストにより肉親を失うという経験がなければ、私にとってアスベスト問題とは他人事だったとことでしょう。できれば他人事のままであって欲しかったという思いもあります。

しかしこれも何かの縁かもしれません。アスベスト禍に直面せざるを得ない方々が今後、増えてくるであろうことは否定できません。私の経験を語ることが何かしらの力になれるかもしれない。そんな思いが当サイトの立ち上げにつながりました。

当初はアスベスト問題の最新情報を追っていくポータル的なサイトの構築を強くイメージしていました。しかしジャーナリストの方々や、「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」、全国にある「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」などの精力的な活動とその成果を見ると、あらためて「自分がすべきことは何だろうか?」という疑問が頭をもたげてきました。

そして私が「オイリュトミー」という表現芸術を専門としていることから「アスベスト問題と芸術表現」を結びつけた活動としての側面からアスベスト問題に肉薄していく、という方向に重点が移ってきました。

当サイトが、アスベスト関連情報を求める方に、広い意味での窓口となれればと思っています。

アスベストを取り巻く現状

アスベストは燃えにくく丈夫で安いため、1970年代以降、高度成長期の街づくりに非常に多く使われました。日本ではその危険性が明らかになった後も使用が続けられ、欧米諸国に20年ほど遅れた2006年に全面使用禁止となっています。

そして今、日本の経済成長を下支えしてきた建設業に従事していた方たちの多くや、アスベストを使用していた住宅に住んでいた方たちが中皮腫を発症しています。また、作業着の洗濯をしていた家族が間接的に吸引し発症する例も確認されています。今後も2035年をピークに、さらにその数は増えていくと言われています。

記憶に新しいところでは、今年6月の横浜市営住宅の50代女性の中皮腫発症のニュースがあります。また、2020年のオリンピックに向け古い建物を解体し、新しい街を作ろうという大きな流れの中、建物解体時のアスベスト飛散が問題になっています。そこで危険にさらされるのはまず現場で働く方たちです。彼らの安全はちゃんと保たれているのでしょうか。1999年の文京区さしがや保育園での園舎改修時の園児アスベストばく露事件に見られるように、近隣住民が危険と隣り合わせであるということも明白な事実です。

アスベストの使用がピークであった1975年当時、その危険性を知っている業者も少なからずいました。でも現場では「自分たちだけが防塵マスクを付けられる状況ではなかった」と電気工事士であった父も言っていました。「いつかは自分も病気になるかもしれない」と覚悟していたそうです。

さらに2017年現在、6高裁5地裁で争われているアスベスト裁判があります。2005年のクボタショック以降、アスベスト関連疾患に苦しむ人たちが裁判を起こしています。しかし原告の多くは高齢である為、解決を待たずに亡くなられており、その遺族が意志をついで裁判を進めている現状があります。今秋から来春にかけて、重要な裁判の判決ラッシュを向かえる今、アスベストについての情報を周知し世論を盛り立てていくことが急務です。(首都圏建設アスベスト訴訟 東京高裁判決日10月27日)

アスベストに関しての基本知識はこちら、アスベスト関連のレポートは こちらからご覧ください。